研究は知らないことを知りたいという単純な動機から
非常に難しい質問ですね(笑)。
小学生の頃は星を見るのが好きでした。小学校高学年のとき、貯めたお小遣いとお年玉に祖父と祖母の補助を足して、天体望遠鏡を買いました。それで土星の輪っかを見て「きっとあそこには宇宙人がいるに違いない!」と思っていました。そんなこともあって理科はずっと好きでしたね。
何となく研究ってものをやってみたい。正直なところ、大学に入った頃はその程度の認識でした。ただ、どうせなら役に立つものを研究したい、でも誰かの真似をするような研究は嫌だなぁ・・・そんな感じ(笑)。
研究室に配属後、そのころ始まったナノテクノロジーが面白そうだなぁ・・・と感じました。ナノの世界には知られていないことが沢山ある、そういう研究分野がたまたま目の前に現れたんです。
数年前から始めたのが、脳と“同じような”ものを作る研究です。脳というのは、未だにどうやって働いているのかわかっていません。ただ、僕は移植するための脳を作っているのではなくて、脳と同じように“思考する”材料を作りたいのです。
例えば、ロボットが傘を立てて手のひらでバランスを取るという動作。
これはコンピュータの高速計算を利用すれば実現できます。ロボットは計算結果で制御されますが、人間はいちいち計算などしません。感覚制御です。僕はプログラムがなくても“感覚で”何かを判断する、そんな材料を作れると考えています。これが人間の脳のように学習していくコンピュータに発展すれば、スーパーコンピュータでも解けない問題が“直感的”に解けるはずです。これは役に立ちますよ。
例えば、厳密に正解かどうかを問わない問題は日常に沢山あります。「最善の策を取りたい」というようなケースです。現実には別の策を同時に試せないことが多いから、本当に最善かなんてことは、神のみぞ知るです。そんな問題や課題に直面したとき、10秒後に“ほぼ正解”を教えてくれた方が、1000年後に“完璧な正解”を教えてくれるより、よっぽど有り難いですよね(笑)。
こういう発想は、頭が良すぎると出にくいかも知れません。
頭の良い人ほどたくさんの知識を蓄え、そのため先入観にとらわれて、創造性を失う傾向があります。やってもできないと思われている研究はやっても無駄だろう、と感じるようになったら黄色信号です。無駄であることを証明しはじめたら赤信号(笑)。だからどんなことでも、興味を持ったらそれにまつわる思い込みを捨てるように気をつけています。単なる思い込みときちんとした知識や事実とを区別する作業ですね。
あとは、自分とは違う分野を学んだ人たちと会話をして、違う世界からの見方を理解しようとします。この時はお互いに気軽に意見を出し合うことが大切ですね。強いて言えば、そうやって自分のアイデアをまとめていく感じです。特に僕の所属している国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)には、多くの国から様々な分野の著名な研究者、若手研究者、そして学生が集まっています。だからブレインストーミングでアイディアを育てるのに最適な環境が整っているんです。
そういう人には無理やり意見を出させることはしませんよ。意見を出さないというのがスタイルだという方もいるのでね。でもみんながワイワイしていると、そういう人も「自分だけ黙って篭ってていいのかなぁ?」と思い始めることが多いようです。意見を出さない人の個性も認めることが大切ですね。